アニュアルレポートとは何かについて誤解されているIR担当者が少なからずおられるようです。
英文アニュアルレポートの経費見直しをされる企業が昨年来増えているように思われますが、改めてその役割、意義について基本的ことがらを確認しておくことは意味のあることだと思われます。
アニュアルレポートとは
「アニュアルレポート」ということばは、上場企業がSECにファイリングしなければならない年次報告書である10-Kレポートを指して使われると同時に、企業が株主総会前に株主に提供しなければならない年次報告書であるAnnual Report to Shareholdersを指して使われる場合があります。
従来、米国では、株主総会招集通知参考資料としてアニュアルレポートを株主に送ることが企業に対して義務付けられていました。SECへのファイリングが義務付けられている10-Kレポートを株主に送ることで企業はこの義務を果たすことができますが、10-Kレポートは日本の有価証券報告書のように白黒印刷のもので、写真等のビジュアルも無く、個人株主にとってはとっつきにくいものです。
そこで、10-Kレポートとは別に、特に個人株主にとっての読みやすさ、分かりやすさ、親しみやすさなどを考慮して、別途制作したものがAnnual Report to Shareholdersだと言うことができます。米国企業が写真、グラフ、図表などを使ってAnnual Report to Shareholdersを見栄えのよい広報的印刷物として制作してきたのは、このような理由によるものです。
以上のように、Annual Report to Shareholdersは株主総会前に作成され、株主総会招集通知とともに株主に送られます。
SECによる規則改正:Notice and Access
上述したように、従来、企業はアニュアルレポート(ハードコピー)を株主に郵送する義務がありました。しかし、2007年7月26日のSEC規則改正(Release No. 34-56135)によってNotice and accessと呼ばれる制度が導入され、2009年1月1日から施行されました。Notice and accessによって、企業は以下のうちどちらかの方法を選択することが可能になりました:
1.株主総会資料(アニュアルレポートを含む)を自社のウェブサイトに掲載し、ウェブサイト上で総会資料を閲覧できることを知らせる通知を株主に郵送する。但し、株主がハードコピーの送付を要求した場合には、その要求に応えなければならない。
2.従来通り、株主総会資料のハードコピーを株主に郵送する。
SECがNotice and Accessを導入した理由としては以下の3点があげられます:
・環境を保護すること
・資源の無駄遣いをなくすこと
・企業のコストを軽減すること
米国企業の対応
コスト削減、環境保護、資源無駄遣いの排除などの観点から、米国企業では伝統的なアニュアルレポートの見直しが進んでいます。見直しは二つの大きな流れとなって現れてきています。一つはNotice and accessを採用し、アニュアルレポートの印刷を止めてオンライン・アニュアルレポートに移行する動きです。もう一つは、ハードコピーのアニュアルレポートの作成を続ける企業において、一般的に10Kラップと呼ばれる形態の印刷物に移行する動きです。
Broadridge Financial Solutionsによると、2009年7月1日から2010年3月31日までの間にNotice and accessを採用した米国企業の数は821社にのぼり、前年同期の526社から295社(56%)増加しています。また同社ではNotice and accessへの移行によるコスト削減効果は全体で138百万ドルと見積もっています。これを821社で割ると1社あたりの平均コスト削減効果は約17万ドル(約15百万円)となります。
オンライン・アニュアルレポート
印刷物としてのアニュアルレポートをPDF化したドキュメントを自社のIRウェブサイトに掲載することは、従来から一般的に行われてきました。しかし、PDFは印刷物と全く同じものをパソコンで印刷できるようにすることを主眼としたツールであり、デスクトップ上での閲覧のためのツールとしてつくられたものではないため、後者の目的で使おうとした場合のユーザビリティは極めて低いものです。この問題への対応として、次のような様々な試みがなされています。
(インタラクティブ・ドキュメント)
印刷物と同一のイメージをデスクトップ上に表示するという点ではPDFと同じですが、PDFよりも操作性に優れ、様々なインタラクティブ機能が組み込まれています。DTPのソフトウェアを使って印刷物のように作成するところまでは従来のハードコピー版と同じですが、印刷をせずに、それをインタラクティブ・ドキュメント化してウェブサイトに掲載する場合と(notice and access方式)、印刷物の作成に加え、インタラクティブ・ドキュメントとしてウェブサイトにも掲載する場合とがあります。
(notice and accessを採用してウェブサイトにアニュアルレポートを掲載する場合、利用技術などに関してSECが設定した条件を満たす必要があります。)
(HTML化)
DTPは使わずに、最初からウェブサイト版アニュアルレポートとしてIRウェブサイトの一部として作成します。企業のなかには、ハードコピーのアニュアルレポートも同時に作成しているところもありますが、二重の手間になってしまいます。そのような企業の場合、ハードコピーのアニュアルレポートは、コスト削減のために10-Kラップ形式で制作する企業が多くなっています。
(アニュアルレポートのマイクロ・サイト)
上で述べたHTML化方式では、アニュアルレポートもIRウェブサイトを構成する一部となり、IRウェブサイトのコンテンツのなかのここからここまでがアニュアルレポートの部分だということが分かりにくくなる傾向があります。そこで考え出されたのが、IRウェブサイトとは独立し、アニュアルレポートのコンテンツのみから成るマイクロ・サイトを立ち上げる方式です。この方式を採用する企業は、印刷物のオンライン化というコンセプトから完全に離れ、ウェブサイトのメリットを最大限に活用するという志向が強い傾向がみられます。例えば、伝統的な印刷物としてのアニュアルレポートでは「To Our Shareholders」などの見出しで社長の挨拶(テキスト)が掲載されていますが、それに代えて社長の挨拶を動画で掲載するなど、マルチメディア機能、インタラクティブ機能を盛り込んだマイクロ・サイトを作成している企業もあります。
10-Kラップ
10-Kラップのラップは「包む」という意味のwrapで、10-Kをちょっと見栄えのよい表紙とページで包んでつくったものです。10-Kは表紙を含め全ページが白黒印刷ですが、10-Kラップではカラー印刷で見栄えのよい高級紙の表紙、社長挨拶や当期のトピックなどの内容を含んだカラー・ページ(おおよそ5~10ページ)などを制作し、それと白黒印刷の10-Kを束ねてハードコピーを作成します。
日本企業にとっての英文アニュアルレポートの意義
以上みたように、米国企業はannual report to shareholdersの読者として個人株主を主に想定しています。一方、日本企業は米国企業が作成しているアニュアルレポートにならって英文アニュアルレポートを作成し、米国を含む海外の機関投資家に郵送するというのが一般的になっています。米国企業のアニュアルレポートをモデルとしながら、機関投資家をターゲットにしているという点で、日本企業の英文アニュアルレポートは一貫性を欠いています。また、海外機関投資家への迅速な決算情報の伝達という観点から考えると、英文アニュアルレポートが海外投資家の手もとに届くのが早くとも7月というのは、あまりにも遅すぎます。
米国企業がアニュアルレポートの印刷を行わなくなっていることをさらに考えあわせますと、日本企業も英文アニュアルレポートの位置づけを根本的に考え直す時期にさしかかっていると思われます。
2010年8月30日月曜日
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